その謎を解いてはいけない Don't solve that mystery

 

大滝瓶太『その謎を解いてはいけない』(実業之日本社)を読みました。

『コロニアルタイム』など、電子書籍ではすでに単著はありましたが、紙の本では初ですので、楽しみにしていました。

 

『その謎を解いてはいけない』は、ざっくり言えば、連作短篇ミステリです。ラノベ風の名前と容姿をもつ登場人物たちが殺人事件を解決する。と書くと、大滝さんの作風を知っている読者は意外と思うにちがいありません。というのも、彼の従来の小説はいわゆる純文学的要素が濃く、数学の知識をフィクショナルな想像力に接続させた、いわば「理数的幻想文学」とでも形容可能な作風だったからです(その理数性ゆえかSF=Science Fiction的と評されることもありました)。

 

ところが『その謎を解いてはいけない』の主人公は、名前が小鳥遊唯(たかなし・ゆい)で、片目が翠色の女子高生。そして探偵の助手。その探偵というのが、彼女に対抗して片目に緑のカラコンを入れ、暗黒院真実と名乗るコスプレ男。まるで『中二病でも恋がしたい!』から抜け出してきたようなキャラクターたちです。

 

最後まで集中して読めるかなと不安になりつつ読み進めましたが、結果的におもしろかったです。特に第二話からは、現代文学、数学、フィクションと現実の関係など、大滝さん「らしさ」も露頭し、いつものように熱心に読むことができました。

 

彼のこれまでの小説には、深刻で切実な重さのなかにも不真面目で卑猥な軽さがありました。本作で自己言及的に挙げられているピンチョンの小説に影響を受けているのでしょう、あらゆる要素のごった煮が彼にとっての小説のひとつの理想なのだと想像します。仮にそうだとすれば、『その謎を解いてはいけない』は、これまでの小説よりその理想に思いがけず一歩近づけている気がしました。軽さと重さのバランスがいい塩梅になっているかも、と。

 

また、作中で「間テクスト性(インターテクスチュアリティ)」と半ば冗談めかして語られているパクり問題は、ごった煮としての本作を最も特徴づけていると言えるかもしれません。『中二病でも恋がしたい!』、『犬神家の一族』、『容疑者Xの献身』といった有名どころから、大滝さんの自作小説まで、実にさまざまな事物の断片が点綴されています。たとえば第一話に出てくる佐清(すけきよ)は、もちろん『犬神家の一族』が元ネタですが、ご丁寧に白いゴムマスクまでかぶっています。明らかにギャグです。また、第三話で言及される四色問題は、本来数学の定理ですが、『容疑者Xの献身』で大きく取り上げられたことから、同じミステリというジャンルでこの定理を扱う以上、作者は読者が『容疑者Xの献身』を想起せずにはいられないことを承知しているはずです。

(ところで文芸誌「海豚」は「海燕」のもじり?)

 

最後に。本作では探偵と小説の類似について何度か言及されます。探偵は、18世紀以降に隆盛した合理主義の子であり、19世紀に産声を上げた探偵小説は、合理主義のいわば孫にあたります。19世紀は、合理主義精神の発達を背景に、ヨーロッパで広くリアリズム小説が流行した時代ですので、その出生からして探偵と小説に類似があるのは当然です。いや、正確を期せば、探偵とリアリズム小説に類似があるのは当然、と言うべきでしょう。たとえば探偵小説の流行は、観相学の発展と流行を抜きには考えられません。

 

本作では、探偵とリアリズム小説の関係を、解いてはいけない謎と書かれない言葉に、現代的にずらして考えているように見えます。つまり、暴露から非暴露への位相転換が行なわれているわけです。ここに、「言葉が現実を生成する」という20世紀的な思考を挿入すれば、文学的あるいはラノベ的なアクチュアリティ(現代性)が見えてくるのではないでしょうか。

 

総じて、気持ちよくエンタメしていて、楽しく読むことができました。