ムィシンの勝利


 ムィシンに言った。「おい、ムィシン、起きろよ!」

 ムィシンが言った。「起きない」そうして床に寝っころがりつづけた。

 するとカルーギンがムィシンのもとにやって来て、言った。「ムィシン、お前さんが起きないんだったら、私が起こしてあげますよ」「断る」床に寝そべったまま、ムィシンが言った。

 ムィシンのもとにセリズニョーワがやって来て、言った。「ムィシンさん、あなたいつまでも廊下の床に倒れているから、往き来するのにジャマだわ」

 「ジャマしてたし、ジャマするよ」ムィシンが言った。

 「さあ、いいか」コールシュノフが言いかけたところを、カルーギンが遮って口をはさんだ。

 「どうしてこんなところで長話しなきゃならんのですか! 警察を呼んでください」

 警察署に電話をして、警官を呼んだ。

 30分後に警察官が掃除夫を連れてやって来た。

 「どうしましたか」警察官が尋ねた。

 「ご覧になれば分かりますよ」コールシュノフが言いかけたところを、クルィギンが遮って口をはさんだ。(※注:恐らくクルィギンは前出のカルーギンと同一人物)

 「ほら。彼はずっとこの床に寝そべって、私たちが廊下を歩くのをジャマしているんです。何とかしてこの人をどかそうと…」

 だが今度はセリズニョーワがクルィギンを遮った。

 「わたしたちどいて下さいってお願いしてみたのよ。でもどいてくれないの」

 「そうなんです」コールシュノフが言った。

 警察官がムィシンのそばに来た。

 「あなた、どうしてここで寝ているんですか」警察官が訊いた。

 「休んでるのさ」ムィシンが答えた。

 「あなた、ここは休むところじゃありませんよ」

 警察官が言う。「あなた、お住まいはどちらですか」

 「ここだよ」ムィシンが答えた。

 「お部屋はどちらですか」警察官が訊く。

 「彼は私たちのところにいることになっています。でも個部屋はないんです」クルィギンが答えた。

 「あなた、ちょっとお待ちください」警察官が言った。「私はいまこの人と話しているんです。あなた、どちらでお休みになっているんですか」

 「ここだよ」ムィシンが答えた。

 「失礼ですが」コールシュノフが言いかけたところを、クルィギンが遮って口をはさんだ。

 「彼はソファーだって持ってないんですよ。むき出しの床にじかに横になっているんです」

 「この方には皆さん以前から不平を鳴らしておられて」掃除夫が言った。

 「廊下を歩くことが全然できないんですからね」と、セリズニョーワ。「いつも男の方をまたいで行くなんて、わたしできませんよ。ところがこの人ったら、わざと足を出してくるんですよ、そればかりか腕も伸ばしてきて、それに仰向けになっているもんだから覗いてくるんです。仕事から疲れて帰ってきて、休みたいのに」

 「さらに言えば」コールシュノフが言いかけたところを、クルィギンが遮って口をはさんだ。

 「夜もここで寝ているんです。暗いからみんな彼につまずくんです。私は彼のせいで自分の布団に穴を開けてしまいましたよ」

 セリズニョーワが言う。

 「彼のポケットからはいつも釘みたいなものがこぼれてるんです。廊下を裸足で歩くことができません。いまに足を怪我してしまうわ」

 「皆さん先ほど灯油で彼に火をつけたがっておられました」掃除夫が言った。

 「灯油を浴びせてやったんです」コールシュノフが言いかけたところを、クルィギンが遮って口をはさんだ。

 「灯油をかけたのは怖がらすためだけですよ、火をつけるつもりはありませんでした」

 「ええ、自分のいる前で生きた人間が焼かれるなんて御免だわ」セリズニョーワが言った。

 「ではなぜこの人は廊下に寝ているんですか」突然警官が口を開いた。

 「なんですって!」コールシュノフが言いかけたところを、クルィギンが遮って口をはさんだ。

 「なぜなら彼には他にいる所がないからです。この部屋には私が居りますし、ここには、ほら彼女が、こっちには彼が、で、ムィシンはこの廊下に住んでいるというわけです」

 「それはいけませんね」警察官が言った。「全員がご自分のご住居でお休みにならないと」

 「でも彼には他に住む所がないんですよ、廊下以外にはね」クルィギンが答えた。

 「その通り」コールシュノフが応じた。

 「ほら彼はずっとここに寝ているでしょ」セリズニョーワが言った。

 「それはいけませんね」警察官は答えて、掃除夫を連れて帰っていった。

 コールシュノフがぴょんぴょん跳びはねながらムィシンに近寄った。

 「どうして?」彼は叫んだ。「ここがどう気に入ったんですか?」

 「ちょっとお待ちを」クルィギンが言った。そしてムィシンのそばまで来ると、こう告げた。

 「警官の言っていたことが聞こえたでしょう? 起きろ!」

 「起きない」床に寝そべったまま、ムィシンは答えた。

 「この人は今わざとここにいて、これからもずっとこの場所に寝つづけるんだわ」セリズニョーワが言った。

 「間違いない」クルィギンがじれったそうに答えた。

 コールシュノフも口を出した。

 「疑いないですね。火を見るより明らかです!」

 

1940年8月8日(火)