マルシャークへの手紙(1940年3月25日)

赤字は最後に訳注あり

 

マルシャークへの手紙

   (レニングラード 1940年3月25日)

 

 親愛なるサムイル・ヤーコヴレヴィチ。いまガルブゾフと会ってきたところです。『子どもの暦』のために自分も何かできれば幸甚です。あなたがこの出版事業を指揮しておられるのですから、うれしさも格別です。わたしにとっては我が家に帰るようなものなのです。

 

 ひとつお頼みしたいことがあります。わたしはモスクワの児童出版所に700ルーブルの借金があるのですが、毎月わたしのところに執行官がやって来て、持ち物を差し押さえようとしてきます。

 

 先刻モスクワのスライド・フィルム社からお手紙を頂戴しました。わたしの訳した『プリフとプリュフ』を出してもらえることになりました。そこで児童出版所の経理部に一筆したため、わたしの代わりにスライド・フィルム社からお金を受け取ってくれるようお願いしておきました。執行令状の方も取り下げてくれるようにと。ですが返事がありません。執行官も相変わらずやって来ます。あと少しだけお待ちいただいて、スライド・フィルム社からお金を受け取ってくださるよう、ヤールツェフに軽くでよいので言付けていただけないでしょうか。そうすれば執行令状はすぐにも取り下げられるでしょう。彼らのおかげですっかりへとへとです。

 

 親愛なるサムイル・ヤーコヴレヴィチ。あなたが来てくださると聞いて、天にも昇る心地です。

 

 ソフィヤ・ミハイロヴナにもよろしくお伝えください。

あなたを敬愛する

ダニイル・ハルムス

 

 

訳注1)マルシャーク:サムイル・ヤーコヴレヴィチ・マルシャーク。『森は生きている』などで知られるロシア児童文学の重鎮。ハルムスの才能に逸早く注目し、児童文学雑誌に彼らの作品を掲載させていた。

訳注2)ガルブゾフ:『子どもの暦』の責任編集者。なお、この『子どもの暦』にハルムスは数篇の詩を寄稿した。

訳注3)ヤールツェフ:児童出版所の取締役。

訳注4)ソフィヤ・ミハイロヴナ:マルシャークの妻。ちなみに、ロシア人の名前は「名前・父称・姓」から成っており、「ソフィヤ・ミハイロヴナ」のように「名前・父称」の順で呼ぶと敬意の表明になる。